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​Kanichi
Fujiwara

原付バイクで世界一周 699日間の旅

走行距離:65000km

期間:1990年5月~1992年8月 

バイク:HONDA GORILLA

旅ストーリー

 オーストラリアの旅で自信をつけると、次に国内で最も小さな原付バイク、ホンダのゴリラで世界一周に挑むことにした。誰もやろうとしない小さなバイクで大きな夢へ向かうことに、大きな価値とやりがいを感じたのだ。

 当時の日本はバブル、多くの人が高級ブランド品などモノへ走る時代。だからこそモノからは得ることのできない幸せや価値観があることを旅を通して確認したいと思っていた。

 暑い場所は暑いときに行かなくては行く意味がないと思い、5月にサハラ砂漠へ向かった。行ってみると日本の常識が通用しない50度を超える猛暑。何もしていないのに喉がカラカラに乾くため、濡らしたタオルを咥えながら走った。砂漠縦断中、あまりの暑さで熱中症になったところを現地人に助けられたこともあった。

 熱帯カメルーンでは予防薬を飲んでいたのにマラリアにかかってしまった。運よく首都のヤウンデにいたためすぐに入院、1週間入院治療をして動けるようになった。旅を再開後、ガボン、コンゴ、ザイールなどアフリカ大陸の中央部を縦断する。当時のザイールはガソリンスタンドはほとんどなく、路上のドラム缶やビン詰めのガソリンしかなかった。また奥地のジャングル地帯では食事をバナナだけで過ごした日もあった。

 ザンビア以降は比較的マシになり食料も普通に手に入るようになった。ボツワナでは初めて野生の象と道路で遭遇、自分と同じ大地の上に生き、同じ空気を吸っていることに感銘を受けた。ジンバブエではハンバーガーショップでカメラ盗難などのトラブルもあったが、親切なアフリカ人にもたくさん助けられた。ケニアに着くと湾岸戦争が勃発、内陸と北部の国々が国境を閉鎖してしまったため。ヨーロッパへ飛ぶことにした。

 

 ヨーロッパは婚約中だった浩子と二人、原付バイク2台の旅となる。フランスのパリをスタート、イギリスやアイルランド、ベルギー、オランダなどを経て北欧へ。そして憧れの場所、ヨーロッパの最北端の地ノールカップまで走り抜けた。

初めての二人旅のため、お互い勝手がわからず喧嘩が絶えず。3か月過ぎたころからようやく平穏な旅になった。ヨーロッパの旅を通して感動を共有する幸せを知ったが、終盤のフランスのマルセイユの宿でゴリラと荷物を盗まれてしまった。警察に届け出たが、結局見つからず。一時帰国することになった。

 3か月間日本に滞在、働きながら新しいバイクやキャンプ用品などを準備。4か月後に北米カナダより旅を再開した。アラスカ最北端のプルトベイまで北上。そのまま南下をして北南米大陸を縦断する計画だったが、途中からひどい胃炎になり、何度か現地の病院で治療を受けるが回復せず。このままの体調では旅を楽しむことができない、旅をしている意味がなくなると考えてアメリカのサンフランシスコで旅を中断、終えることにした。

 「地球は逃げないから、体調を整えてまた挑戦します!」当時の言葉が残っている。

ルート

イギリス→フランス→アルジェリア→マリ→ニジェール→ベナン→ナイジェリア→カメルーン→ガボン→コンゴ→ザイール(現コンゴ民主共和国)→ザンビア→ボツワナ→ジンバブエ→マラウイ→タンザニア→ケニア→ウガンダ→ケニア→フランス→イギリス→アイルランド→イギリス→ベルギー→オランダ→デンマーク→ノルウェー→フィンランド→スウェーデン→ポーランド→チェコスロバキア(現チェコ、現スロバキア)→ドイツ→ルクセンブルグ→スイス→リヒテンシュタイン→オーストリア→ハンガリー→ルーマニア→ブルガリア→ギリシャ→トルコ→ギリシャ→イタリア→モナコ→フランス→カナダ→アメリカ