第178目 12月9日(土) はれ

西の果て与那国


 快晴。こんないい天気は石垣に来て初めてだ。大慌てで朝メシをかっ込み準備をする。今日はいよいよ日本最西端の島「与那国島」へ行く日だ。
 資金的にバイクを持って行くのは厳しいのでテントとバイクはキャンプ場に置いたままで行くことにした。与那国島は基本的に「キャンプ禁止」なので宿に泊まらなくてはならないのは辛いが、船が週2便なので仕方がない。島で一番安い素泊まり1800円の「ふくやま」という民宿に泊まり、食事はカップラーメンで凌ぐことにする。
 とにかく自分の身体だけでもいい、最西端の地を踏みたい、それが全てだった。

 那覇行きの船が一緒だった洋平君にお願いして、石垣港までバイクの後ろに乗せて行ってもらう。
 快晴の空の下、船に乗り込む。ワクワクドキドキ、さあいよいよ日本四最端、最後の地へ向けて出発だ。
 思ったよりも乗客は多く30人ぐらいは乗っている。
 米原の仲間、林君とふたりでデッキでおしゃべりをしていると船はゆっくりと堤防から離れて行った。林君は狭い船内をソワソワウロウロ、興奮で落ち着けない様子だ。オレも始めて北海道へ渡った時のように胸が高鳴る。
 与那国まで4時間。長いようで短い時間、一眠りして目を覚ますと与那国がすぐ目の前に迫っていた。
「おおおっ、与那国だ!!ついに来たぞ!!」

 喜びが込み上げてくる。波照間と比べるとコンクリの建物が多く家も多い。一応「町」らしい雰囲気になっているようだ。
 歩き出すと暑い暑い。Tシャツ一枚で十分、シュートパンツが欲しいくらいだった。
 着いていきなり最西端というのもどうかと考えたが、これだけ天気のいい日はそうないだろう、ということでまず最初に向かうことにした。
 すぐ右手に見える最西端の灯台へ向かって林君とふたりで歩いて行く。ジリジリと照りつける太陽はとても12月とは思えなほど強烈だ。
 展望台まではあっという間だった。
 日本最西端の碑の前へ行くと、ここが最果てあることを実感する。
 天気が良いと台湾が見えると聞いていたので水平線へ目を凝らして見るが、残念ながら拝むことは出来なかった。
 しかし、ここから台湾と石垣が同じぐらいの距離ということは…、自宅の神奈川よりも台湾の方が遙かに近いということになる。ここは西の果てなのだ。そう考えると何だかとんでもなく遠くに来たような気がした。
 ここから一番遠い場所が北海道の納沙布岬、冷たい雨に泣いた夏の日の納沙布岬を思い出した。
 碑の前で何枚も記念撮影。最果ての地へ到達の喜びを心に焼き付けた。
 2000年12月9日。日本最西端到達!!。

 さて、ここから宿まで8kmくらいあるけどどうしようか?と思っていたら、岬に来ていたレンタカーのカップルに林君が頼んでくれ、宿まで乗せていってくれることになった。
 そのカップルは夕陽の時間まで岬にいる予定だったが、予定を変更して宿まで送ってくれるという。何と親切な、ありがたや、ありがたや。

 宿は本当に田舎の家という雰囲気。まるで夏休みに田舎のおじいさんの家に来ているみたい。何だか始めてきたのに懐かしいような…、落ち着けるのが不思議だった。
 福山のオジイは(みんなオジイと呼ぶ)思っていたとおり、気さくで飾らない、気のいいオジイだった。来るなり「お酒飲めるの?」。ごはん食べて、風呂入って、それから…、飲み会だね。
 みんなとお酒を飲みながらおしゃべりするのが大好きらしい。
 泊まり客は男4人に女が1人、オジイを囲んで泡盛。
 みんなが沖縄三味線が聞きたいとリクエストするが、「弾けないんだよ」と首を横に振る。何度お願いしてもダメだという、本当に弾けないのかと思っていたら、長い話の後でようやく弾いてくれた。
 どうやら昔、みんなは酒を飲んだり食べたり楽しそうにしているのに、自分だけ何も食べず飲まず弾されていたので、もう弾きたくないということらしい。なるほどそういうことだったのか、いろんなことがあるんだな。
 でも最終的には弾いてくれたのはやはりオジイの優しさなのだろう。日本で一番遅い最果ての夜はゆっくりと更けていった。

前日の旅日記を読む 翌日の旅日記を読む

 走行距離/0km 総走行距離/22,152km

 宿泊地/民宿「ふくやま」<沖縄県与那国島>
          (N 24°  27′56″ E 123°  00′25″)
 食事   うどん
    チーズパン コーヒー牛乳
    カップ麺 調理パン
 今日の入金額/1,404円 今日の出費現金9,797円
 総残額現金23,302円 クオカード&ギフトカード4,558円

フェリー代 : 石垣〜与那国(往復) 6,530円 (人のみ)