旅立つまで
ある日の午後、デザイン学校卒業以来、5年振りに会った寛一が少年のような瞳で、オーストラリアの旅の話をしてくれていた。
その頃、建築系の会社の企画部に勤めていた私は、仕事にやり甲斐を感じてはいたが、何だか先の見えない毎日に少し苛立ちながら、険しい顔つきをしていたように思う。
楽しみと言えば、仕事帰りに友達とお酒を飲みに行くことと、たまに思いっきり買い物をするぐらい。
その時の寛一を何だか宇宙人のように感じながら、ボーッと寛一の広げる写真を眺めていたことを覚えている。その後寛一と会うたび、目をキラキラと輝かせながら夢を語る姿を羨ましく思うようになっていた。
私の周りには、お酒の席でも会社の愚痴や上司の悪口、仕事の事しか話題のない人々の多い中、なんだか世捨て人のようには映ったが、寛一の話は新鮮で楽しかった。
なにより、5年振りに会った寛一は人としても男としても、大きく成長していたことが驚きだった。
社会的な地位や仕事での重要なポストを与えられるよりも、そんなものに一番遠い生き方を選んだ寛一がどうしてこんなに変わったのだろう…。
そして、本当に単純に「そんなに面白い事なら私もやってみようか…」と思い、バイクの免許を取るために教習所に通うことにした。
21才で車の運転免許を取ったものの完全なペーパードライバー、自分がバイクに乗るなんて私を含め周りの友人達もビックリのことだった。そうこうするうちに宇宙人寛一とのつき合いは続き、ある日、世界一周のため準備をすすめている寛一から、「全部は無理だけれど、一番安全で走り易いヨーロッパを一緒に走ろうか…」と誘われることとなる。
実はそれまでに無事バイクの免許を取り、たまには乗っていたものの、どうもバイクが私に合っているとは思えなかった。
その上、女友達と香港買い物グルメ旅行しか海外旅行の経験はなし。
英語なんて一番の苦手科目。
キャンプをしたこともなければ、ましてやシュラフで寝たこともない。
こんな私がバイクでヨーロッパを走るなんて無謀なことしてもいいんだろうか…。それでも悩んだ末、結局ヨーロッパに行くことに決めた。
今まで知らなかった世界への興味。
旅に出たら私はどんな風に感じ、思い、どう変わるのだろう…。
その時、私は自分の意志で旅に出ることを決めたものの、なんだか見えない力で旅に出るように導かれていくような気がしていた。